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金子エンタはサラリーマンエンタの頂点を目指し「30センチだけ高い舞台から、おもろい事、あなたに見せたい!」をコンセプトに、涙ありの演劇、爆笑のお笑い、感動の音楽を、お届けするイベントを開催しています!
おかげさまで、はや11年続けさて頂きました!
時間も高級な機材も設備もスポンサーもありませんが、これからも骨太のWebコンテンツとライブにがんばっていきますので、是非、イベントに来て見て笑ってください!!

第1章 おばーちゃんの店

第1章 おばーちゃんの店

ぼくは大阪の小さな町の小さな文房具屋に生まれた。
正確にはおばーちゃんが主婦のかたわら、小学生相手に草野球に使うゴムボールや、円盤のおもちゃ、体操帽などを扱う横で、学生やサラリーマン向けの鉛筆、ノートや万年筆などの文房具をおいている小さな商店をやっていた。
僕はおばーちゃんの店から、歩いて10分弱離れたアパートにおとんとおかんと妹の良子と4人で暮らしいた。
朝、家から学校に行き帰りは学校からおばーちゃんの店に帰って、夕食を食べて家に帰る。
少しの嫌な思い出は、おばーちゃんの店から家に帰るのはいつも日が暮てからだったので、道端ですれ違うおっちゃんや、警察官がランドセルを背負ったぼくを止めて「ぼく。
こんな時間まで何をしとんねん」と注意されることだった。
当時おとんは証券会社のサラリーマンで、かつては柔道で学生選手権上位入賞という腕前だった。
就職も実業団選手としての入社だった。

おとんが入社2年目の春、力道山の試合見たさに出発間際の満員汽車の入り口手すりにしがみついて、転落して右足を切断した。
今では信じられないが、昔の汽車は閉まるドアなど付いていなかったらしい。

おとんが言うには、「どんなに満員でも汽車が動き出してしばらくすると、人が段々中に押し込まれ手すりにしがみついてても、車内に入れるもんや」
その日は違ったらしい。
「汽車が天王寺の駅を出発してしばらくしても、いっこうに人が中に入っていかへんのや」
「段々手がしびれてきてもうて、平野駅のほん手前で対抗の汽車の風圧に巻き込まれて線路に落ちてしてもうた」力道山に右足を捧げるなんて、ものすごくばかげた話ではあるが、そんな事故に遭って、命があっただけでも幸運だったと、本人はずっと思っていたらしい。
右足を失ったおとんは実業団のチームを退部し、経理部に転属になった。

柔道バカのおとんが、経理の仕事を意気に感じてやっていたかどうかはわからないが、とにかく明るい前向きなおとんだった。
おとんの右足は義足だったけれども、ちゃりんこにも器用に乗っていたし、階段の上り降りも手すりがあれば問題なかった。
出来ないことといえば、車の運転と野球のキャッチャーくらいだった。
おかんは、おばーちゃんの店を手伝っていた。
土曜の午後はいつも、おばーちゃんとおかんとぼくの3人で船場の文具問屋街に出かける。
ぼくは土曜の午後が好きだった。
文具問屋街に着くと馴染みの問屋を何件か回る。
問屋街でぼくはちょっとした人気者だった。
いく先々で店員さんがぼくのかばんに新作の消しゴムやらシャーペンやらを入れてくれるのだ。

特にシャーペンの新作は限り無く魅力的だった。
振ったら芯が出てくるものや、握る部分にボタンがついていて、それを押せば芯が出てくるものなど。
翌週の月曜日、さっそく手に入れた新作シャーペンを学校で見せびらかすのが何よりも快感だった。
ぼくはおばーちゃんの店に時々とまった。
若干建てつけが古いのか、冬ものすごく寒かったけれど、ぼくはおばーちゃんの店がとても好きだった。

第2章 おとんの決断

第2章 おとんの決断

ある日、学校から帰ったら店におとんがいた。
おとんは事務方なのでめったに外回りはしないが、たまに外回りに出て早めに帰って来ることがある。
「おとうはん、今日は早いな?」「いや、朝からおるよ」「熱でたん?」「いや、お父ちゃん会社辞めてん」多少びっくりはしたが、それより嬉しい気持ちが優っていた。
幼いぼくに一家の大黒柱が会社を辞めるということの意味はわからず、ただドキドキしていた。
それはこの先どうなるのか?やっていけるのか?という不安が先行する大人には持てない「これから何か、とても楽しい事が起こる」という子供ならではの直感である。
今になって思うが、そういう幼い直感は現実になる可能性が高い。

「おとうはん、これから何のお仕事すんのん?」答えはわかっていたのだが、どうしても確かめたかった。
「おばーちゃんと一緒にこの店するんや」「やった!!」ぼくは天にも昇る気分で心臓はバクバク鳴っていた。
はしゃいで飛びまわっていると、おかんが突然怒りだした。
「何が「やった!」や!!、いっこもええことあれへん!」店の中の空気は凍りついた。
ぼくはおばーちゃんの顔を覗きこんだがおばーちゃんは目を合わせようとしなかった。
今になってみると、おかんとおばーちゃんのその時の気持ちはわかる。
先の事や生活の不安は当然あったのだが、なにより文房具の商店など働き盛りの男がやる仕事ではないと思っていたのだろう。
そして凍りついた空気はその夜の夕食まで続いた。
なにがなんだか分からないぼくを哀れに思ったのか、おばちゃーんは「今日はおばーちゃんとこ泊まっていき」」といってくれた。
いつもならおばーちゃんに気を使って、おかんが2、3回「泊まんのはアカン!!」と反対するのだが、その日だけは何もいわなかった。
夕食が終わり、おとんとおかんと良子(妹)が3人で家に帰った後、おばーちゃんが500円札を差し出した。

ナカハラのおっちゃんの店、まだ開いてるからお菓子とジュース好きなだけ買うておいで、おかんに内緒やで・・」ぼくはナカハラのおっちゃんの店へ行き、ラムネとオロナミンCとお菓子を何個か買って帰った。
お風呂に入りテレビを見ながらオロナミンCをちびちびと飲んだ。
その時、大人がお酒を飲む時の気持ちを少しわかった気がした。
そろそろ寝る時間になった頃、思い切っておばーちゃんに聞いてみた。
「おばーちゃんはおとうはんと店すんのん嫌なん?」「嫌なことあれへんよ・・。
」ぼくの心臓はまたドキドキした。
その夜、布団の中でいい考えを思いついた。
「明日はいつもより早起きしておとんを駅で待ち伏せしよう。

もし気が変わって会社に行ってしもたら大変や・・。
」しかし翌朝、おばーちゃんに起こされて目が覚めたら学校に行く時間だった。

あせったぼくは、店が始まる時間まで学校をサボろうかとも考えたがうまい言い訳が見つからず、渋々学校に行くことにした。
その日の授業はもちろん上の空で、終業のチャイムと共に学校から走って店に向かった。
おとんは店の奥に座っていた。
心臓は昨日の倍のスピードになっている。
ぼくは店の前で大声を上げ泣いた。
その日の夕食はいつもの夕食だった・・。

第3章 通天閣

第3章 通天閣

おとんが文房具屋デビューして次の土曜日、5人で船場に仕入れに出かけた。
先週までは、ぼくとおばーちゃんとおかんという面子だったが、そこにおとん加わり、さらに良子までついてくることになった。

おとんが良子を誘った。
「りょうちゃんも一緒にいくか?」
「行く!!」
良子はどこに何しに行くかも知らず、ただおとんに誘われことがうれしくて返事していた。
いつもはおかんの姉の中川のおばちゃんのところに良子を預けていた。

ぼくは良子を連れいくことに反対だった。
「仕入れは大事な仕事で遊びにいくのではないのだから、きっと足手まといになる」そう考えた。
おとんは長い距離を歩くが苦手なので、自転車で駅まで行くといって先に出た。

駅までの道すがらぼくはおかんに、何度か言ってみた。
「良子は中川のおばちゃんとこに預けといたほうがええんちゃう?」おかんはぼくの進言を無視はしないまでも、軽くあしらっていた。

ぼくは少し良子に意地悪をした。
おかんの見えないところで背中を押したり、手をわざとぶつけたりした。

良子はぼくと違い根性があるというか、芯が強いというか、とにかく滅多なことでは泣いたりしない。
案の定、良子がいたせいで、駅までいつもの1.5倍の時間がかかった。
駅舎が見えた時、おとんは自転車の荷台に座ってタバコをふかしながらぼく達をまっていた。
おかんが切符を買っていたとき、ホームに水色の電車が入ってくのが見えた。

ぼく達は急いで改札を通り電車に乗り込んだ。

土曜の午後の上り電車はいつもがらがらで乗客もまばらである。

ぼくはいつものようにはおばーちゃんの横に座り、窓の外を眺めていた。

新今宮の駅あたりで、車窓から通天閣が見える。

通天閣は大阪のシンボルであるが、東京タワーなんかと比べ、なにか不細工で垢抜けせず、かっこよくないと思っていた。
どちらかと言えばあまり好きではない。
船場に着いて、さっそく馴染みの問屋をまわった。

おとんは今日がデビューなので、「ぼくがいろいろと教えてあげよう。
」心の中でそう思っていた。
南海商事の軒先に着くと、いつもの倍くらい大きな声で「ま・い・ど!!」と叫んだ。

店員が一斉に「はい、毎度!!」と威勢よく返してくれる。
ぼくは一端の店主気取りだった。

おばーちゃんとおかんは仕入れ帳簿と在庫の帳簿を見ながら、慎重に商品をカゴに入れている。

ぼくはおとんの腕を引き、店内を自慢げに案内した。

その後、3件の問屋をまわり、来週分の仕入れは終わった。

帰りの電車は行きよりも少し混んでいた。
当時の日本は週休1日で会社も学校も土曜日は半どんというスタイルだった。
車内は早めの一杯を済ませたサラリーマンと、まじめに残業をしたサラリーマン、部活終えた学生と買い物帰りの人がおおよそ均等にまじりあっていた。

良子は車内をキャッキャと騒ぎながら走りまわっていた。
ぼくの前を通過しようとした瞬間。
ぼくの手は良子の頭を思い切りたたいていた。

「バチーン」自分でもびっくりするくらいの音がして車内は静まりかえった。

そして車両にいた全員がぼくのほうを見た。

5秒後、目をまんまるにした良子の泣き声が車内の沈黙をやぶった。

おかんはあわてて良子を抱きかかえ、頭を撫でながらなだめ、同時にぼくの頭をこずいた。

良子の叫び泣きはおかんがなだめればほど大きくなっていき車内に異様な空気が漂った。
ぼくたちは次の駅で下車した。

電車を降りてからもいっこうに泣きやまない良子をおとんが抱き上げ、ほっぺたにチューをしたところでようやく声を上げなくなった。
今度はぼくの目に涙が溢れてきた。

悪いことをしたという思い、反面そんなつもりではなかったという自分への言い訳、いろんな思いが涙となって溢れ出た。

本当は声を上げて泣きたかったのだけれども、それだけは絶対にあかんと自分に言い聞かせ、必死でこらえた。
次の電車を待っている間、だれも何も言わなかった。
しばらくしておとんが「学生の頃よういった店が近所にあるから、餃子でも食うて帰るか」と独り言のように呟き、改札に向かった。
みんな無言のままおとんの後ろについていった。

改札をでたら目の前に通天閣がそびえていた。
涙でにじんだ通天閣はますます意地悪な色で、ぼくののことを鼻で笑っているように思えた。