第25章 走ればええねん。ただ速く!!

第25章 走ればええねん。ただ速く!!

ただ速く!!br>
中学生になってぼくは陸上部に入部した。

本当は野球部にしたかったのだけれど・・。
おとんに少し気を使っていたのだと思う・・。
おとんは、プロ野球が大好きだったのだけれども、学生野球は毛嫌いしていたのだ。
若かりしおとんが高校3年の夏、柔道でインターハイスクール8位になったのだが
その年、同じ高校の野球部が甲子園でベスト16になり、おしいいところを全部野球部ナインにもっていかれた・・
エースの投手は学校の女子にキャーキャーともてはやされて、、汗臭い柔道着のおとんは、むしろ女子からは嫌がられる存在だった・・。

というのが、どうも学生野球に対するトラウマの原因らしい・・。
テレビで高校野球のニュースで勝利投手のインタビューがはじまるといつも不機嫌で・・。

「高校生がチヤホヤされたら、ろくな人生になれへんわ・・」といつもテレビに向かって本人には届かない嫌味を言っていた。
走るのは少し自信はあったのだけれども、たぶんおとんが喜ぶのだという思いで陸上部を選んだのだと思う、坊主頭も少しこなれてきたある日の夕飯で
「アキ・・部活はどないすんねん?」とおとんが聞いた。
「陸上部や」反応は予想通りで・・おとんは嬉しいそうに、にっこりした。
「そらええわ!!足が速かったら、将来どんなスポーツやってもすぐうまなるからな・・」と満足そうだった。
ぼくもちょっとだけうれしかった・・。
初日の早朝練習・・陸上部顧問の安見先生が
「今日から新入部員が入るけど、2年・3年は手加減せんでもええからな!!」と挨拶して練習が始まった・・。
アップの30m2本と、70mダッシュ5本が終わった時、ぼくたち1年生の大半が青い顔をしていた・・。
「気分の悪やつ!!手上げろ??」と安見先生が聞いて、3人くらいの1年生が手を上げた。
ぼくもすごく気分が悪かったのだけれど、手を上げずに我慢した。
手を上げた生徒は少し休ませてもらえるのかと、思ったけれど
「吐きそうになったら、グランドの隅に行って吐けよ」と先生はあっけなく言って、練習が再開された。
これでもかというくらい、グランドを何週も走らされて・・最後に「地獄の3抜けダッシュ」という練習が始まった。
1年生から3年生まで全員一斉にスタートして200mを走る。
1本ずつ男子先頭3人と女子先頭3人が練習を終われるのだ。

男子部員が25人くらい・・最後まで抜けれらないと、全部で7~8本走ることになる。
「1本目、用意スタート!!」と先生が笛を吹いて一斉にスタートした。
ぼくは、体力で雲泥の差がある3年生の先輩がぶっち切るのだろうと思っていたけど、意外にもスローペースでみんな様子を見ているようだった。

150mあたりで、前には4人くらいだった。
「いける!!」勝負を掛けてみることにした。

第4コーナーで思い切って一番うちに入り、最後の力を振り絞ってダッシュをかけた。

コーナーを抜けたあたりで先頭にたち、あとは手と足がばらばらになりそうなりながら、ゴールに飛び込んだのだ・・。
3着だった。
「増田、細井、あとその1年、クールダウンや」と安見先生がぼくを指差して言った。

ぼくは要領がわからず、2人の先輩の見よう見まねで、グラウンドを1周軽く流して、柔軟体操をした。

柔軟をしている時、キャプテンの増田先輩が「お前、やるやんけ・・」と声を掛けてくれた。
太もも、腕、頭だってくらくらだったけれど、今まで経験したことのない爽快な気分になって・・。
トラックでは、あいかわらず「地獄の3抜けダッシュ」が続けられていた。

ラスト1本、男子は副キャプテンの通称ヤリ先輩と頭がクリクリ天然パーマの女の子、同じクラスの阪川さん2人だった。

ヤリ先輩は、頭がものすごく尖がっていてその見た目から「ヤリ」と呼ばれ、長距離専門で「地獄の3抜けダッシュ」ではあえて3着までに入らず、ずっと最後まで走る人だった。

くりくりパーマの阪川さんは、なんで陸上部を選んだのか・・ものすごく足が遅い女の子で。
ふらふらの阪川さんをヤリ先輩が後ろから、尖がった頭でまさに槍でつつくように追っかけて、ラスト1本が終了した。

「地獄の3抜けダッシュ」もやっと終わって、みんながトラックの真ん中に集まり、新入部員の自己紹介が始まった。
「1年4組の金田です。
希望は短距離ハードルです」とぼくは自己紹介をした。
なぜ、ハードルと言ったのか覚えていないけれど、なんとなく専門的なことを言えば注目されるだろう・・なんて考えたのだと思う。
自己紹介が阪川さんの番になって
「1年4組の阪川です。
希望はあまり速くはないんですが、短距離走です」「その走りやったら短距離はあかんやろ」ぼくは心中でそう思った。
昼休み、阪川さんが教室で声を掛けてきた・・
「金田くん、すごいね。
一年やのに・・そんな速かったら、気持ちええんやろなぁ・・」背中とお尻の間がそわそわとなって・・その瞬間、谷本さんとの失恋も、坊主頭のショックも全て吹き飛んだ・・。
「走ればええねん。
ただ速く・・」その時、ぼくはそう思った。
それから3年間、夢中で走った。
走る意味もこれっといったゴールも見えないけど・・そんなことはどうでもよかった・・10代半ば・・そんなものなんだろう・・
そして20年くらい経った今も「出来るだけ、そんなふうがいいんだろう・・」と、今でもぼくは時々思う・・