第14章 誕生日には筆ばこを・・
妹の良子とは3つ違いだった。
この年頃の男女の兄弟はなんとなく微妙で、男同士の兄弟だったら、プロレスごっこや、キャッチボール、時には本気のけんか・・となにかとやることはあるのだけれど、妹とは趣味も遊びも共通するものはなかった。
良子はどう思っていたのか知らないけれど、その当時、僕は良子のことをむしゃくしゃした時にいじめる相手としか思っていなかった。
(もちろん今は無二の妹で、とても大切に思っている。
)良子はとにかく、運がないというか、どんくさいというか、何かにつけてとろい奴だった。
小さい頃、アパート2階から落ちて死にかけるし、ストーブのやかんで大やけどは負うし・・。
駒つきの自転車でブレーキをかけれず、1人チキンレース状態の末、どぶ川につっこんで、近所のおばちゃんに救出されたこともあった。
勉強は一生懸命やるのだけれど成績はいつも中の下だった。
ある年、町のクリスマス会の少年少女合唱隊に応募したのだけど、形ばかりのオーディションで緊張のあまり1小節も声が出ず、一人だけ落選した。
そのときばかりはおかんも「この子はちゃんと生きていけるやろか?」と本気で心配していた。
ある日の夕飯後、ぼくが自分の部屋でプラモデルを作っていると、珍しく良子が入ってきた。
「お兄ちゃん、200円貸してほしいねん」
「おかんに頼め」と僕は冷たくあしらった。
良子の友達、咲ちゃんのお誕生会が週末にあって、プレゼントを買いたいのだという。
ぼくはその時、おかんに頼めない理由がピンときた。
友達のお誕生日会のプレゼントはおかんが問屋の営業マンを半分脅して、それなりにかわいらしい筆箱をただで持ってこさせ、その中に鉛筆と消しゴムを入るだけ入れて持たせてくるのがお決まりだった。
お誕生日会から帰ってくるとおかんはいつも決まって
「喜んではったやろ」と聞く。
筆箱セットは主役の親たちに、ものすごく好評だった。
いずれガラクタになるおもちゃなんかより、家計のお財布に直接効果を発揮する文房具は現実的だったからだと思う。
ぼくもたまには自分でプラモデルとかを選んでプレゼントしたいと思ったことはあるので、良子の気持ちは少しわかった。
今回はどうしても咲ちゃんにキャラクター物のシールをプレゼントしたいと良子がいった。
きっと咲ちゃんに頼まれたのだと思う。
ぼくはいいことを思いついた。
「200円はお前にやるわ・・。
」
「その代わり兄ちゃんの言う事聞くか?」
良子は何の迷いもなく笑顔で頷いた。
ぼくは、この前の誕生日におばーちゃんに買ってもらった、録音機能付きのラジカセの電源を入れ、紙の切れ端に「お兄ちゃんの、見たいテレビがあるときは絶対チャンネルを変えません。
絶対、絶対、絶対」と書いて良子に渡した。
そして録音ボタンを押して、良子の肩をこずいた。
「お兄ちゃんの、見たいテレビがあるときは絶対チャンネルを変えません。
絶対、絶対、絶対」と良子が紙を読み上げた。
ぼくは貯金箱から200円を出して良子に渡した。
良子は嬉しそうにそれを受け取って自分の部屋に帰っていった。
その週末、ぼくは居間で阪神巨人戦を見ていると良子が咲ちゃんのお誕生会から帰ってきた。
案の定、良子が歌番組を見たいと言って、おかんが「10分ずつ交代や!!」と言い出したので、僕は例の切り札を出すことにした。
ラジカセを部屋から持ってきてみんなの前で再生した。
「お兄ちゃんの、見たいテレビがあるときは絶対チャンネルを変えません。
絶対、絶対、絶対」とラジカセの中から良子が嬉しそうにしゃべった。
普段、たたいたり相当の意地悪をしても、めったに泣かない良子だったけれども、その時ばかりはよっぽど悔しかったのか、瞳一杯に涙をためていた。
僕はなんとなく悪いことしたと思ったけれど、いい気分の振りをして阪神巨人戦の続きを見ていた。
ラッキーセブンの、阪神の攻撃が終わった時
おとんが「昭、タバコこうて来てくれ」といった。
ちょっとめんどくさかったけれど、これから巨人の攻撃が始まるところだったし、タバコを買いにいくと、100円貰えるので行くことにした。
うちに帰ると家族みんなで歌番組を見ていた。
ぼくがチャンネルを阪神戦に変えた時、おかんがラジカセのスイッチを押した。
「いい湯だな~あ・は・は・ん・・」
ラジカセから、おとんが歌うドリフターズの「いい湯だな」が流れた。
良子の誓いの言葉はすべておとんの歌で上書きされていた・・。
「巨人と卑怯もんは必ず負けるんや!!」とおとんがいった。
良子は満面の笑みでおとんに抱きついた。
9回さよならホームランで僕の逆転負けだった・・。
何でそんなテープを取られたか、事情を良子から聞いたおかんは、それからプレゼント代をくれるようになった。
友達にあげるプレゼントを選ぶのは、いつもものすごく難しい・・。
もし、プレゼントに迷ったら・・。
誕生日には筆ばこを・・。