第13章 パンチパーマとおんなごころ

第13章 パンチパーマとおんなごころ

ある日、学校からお店に帰ると、電話番の北島さんが別人になっていた。

お下げ頭を短くし、パーマを少しかけて聖子ちゃんカットになっていたのだ。

後ろから見ると、確かに聖子ちゃんみたいだったけれど、前から見たら違和感たっぷりで北島さんの変貌についてみんな「きれいになった」とか「わかく見える」とか言っていたけれど、本当は少し微妙な思いを感じていた。
おかんだけは違い、本気で「あんた、その髪型ものすごくええわ」と連呼していた。

北島さんとおかんは年齢が近いせいもあって、美的感覚も似ていた。

さっそくおかんは最近できた駅前のビルに入ったパーマに行って、パーマを当ててきた。

結果は意外にも大当たりだった。
普段容姿のことをほとんど気にしないいおかんだったけれど、北島さんより少し顔が小さいこともあり、ショートカットにパーマヘアーは本当に5つくらい若く見えた。

おとんも珍しく「ええやんけ・・。
」とまじめに言って、正志にーちゃんにいたっては「奥さん、ほんま素敵ですわ!」と言っていた。

正志にーちゃんもここ数ヶ月で口がだいぶうまくなったと僕は思った。

朴訥で口下手な正志にーちゃんの一言でよりいっそう真実味を帯び、おかんは最高潮に上機嫌だった。
次の日、自分で髪型をセットして、初日ほどのオーラーは消えてしまったものの、お店に来る問屋の営業マンや商店街の人々も口々に「奥さん、若なったなぁ」と言った。

おかんは「朝がものすごく楽やねん」と照れながら答えていたけれど、本当はいつもより倍くらいの時間をかけてセットしていた。
しばらくして駅前通り商店街にパーマブームがやってきた。
おかんが商店街のファッションリーダーで、丸井精肉店のおばちゃんも、大和旅館の双子のおばちゃんも、うどん屋の住み込みのマサちゃんも、みんなパーマをかけた。
小さな町の商店街、みんな変化や刺激を求めていたのだと思う。
おとんもパーマをかけて帰ってきた。
流行のパンチパーマだった。
商店街ファッションリーダーとしてのプレッシャーはおかんに重くのしかかっていたのだと思う。

おかんの頭はパーマ屋に行く度、髪がどんどん短くパーマがきつくなっていった。
ある日、パーマ屋から帰って来たおかんの頭は、誰も何も言わなかったけれど、あきらかにおかしかった。

夕飯が終わって、おかんがお風呂から上がって現れた時、居間は大爆笑に包まれた。

おとんと同じパンチパーマになっていたのだ。

おとんは「おれと同じやないか・・。

「あさっての商店街の寄り合い一緒に行くか?」と大笑いして言った。

ぼくと良子は「パンチ!パンチ!」と手拍子で掛け声をかけた。

お腹がよじれると思うくらいおかしかった。

ちょっとむっとした顔でおかんは洗面台に行ってドライヤーを「ブンブン」ならした。

10分後戻ってきたおかんを見て「ドリフの雷さまやんけ!!」とおとんが言ってまた、みんなで大笑いした。

タイミングは絶妙で、居間のテレビでは「火曜ドリフの大スペシャル」が流れ、高木ブーがウクレレを持って「雷さま」をやっていた。

今度は腰から下が、もげてしまうんじゃないかと思うくらいおかしかった。
床に笑い転げている僕たちに、おかんはいきなり持っていたクシを投げつけた。
みんな一斉におかんの顔を見上げたら、おかんは目を真っ赤にして薄涙を浮かべ、「もう寝る」と言って2階に上がった。
おとんもぼくもちょっと悪いことしたと思ったのだけれど、普通を装って「火曜ドリフの大スペシャル」を最後まで見てお風呂に入って寝た。

ぼくは布団に入ってから、おかんがなんであんなに怒ったのか考えて見たけれど、普段は家族がお互い笑いの種になってうまくいっていると思ったので、理由はよくわからなかった。
しばらくして、おとんが商店街の旅行で伊勢志摩に行き、お土産に真珠のネックレスをおかんに買ってきた。

きっとあんなに笑ったことを悪いと思ったのだろう。

おかんはちょっとましになった髪形に真珠のネックレスで、鏡を見てちょっと嬉しそうだった。
「ゆるいパーマのほうが似合うで」とぼくがおかん言ったら「短こうて、きついほうが長いこともつから安つくねん」とおかんは答えた。
ぼくはおかんがパーマを止めるのかなと思ったけれど・・。

パーマブームがひととおり落ち着いてからもずっと、短くてクリクリのパーマはおかんのトレードマークになった。