第12章 幸運の白いヘビ
ある日、おとんが満面の笑みでお店に帰って来た。
商工会と銀行が共同でお店を建て替えるお金を貸してくれることになったのだ。
もしおとんがサラリーマンのままだったら・・きっとそんな大金は貸してもらえなかったのだろうと思う。
商工会も銀行もいけいけドンドンで
日本の経済も安定成長期から、後にやってくるバブル経済に向かって、誰も止めれない直滑降の時代に突入したのだった。
おばーちゃんとおじーちゃんは結婚して九州の福岡からこの町にやってきた。
どういう経緯で、わざわざ福岡から大阪の小さな町にやってきたのかは聞いた事がないけれど・・・、
「結婚に反対された、おじーちゃんがおばーちゃんを無理やり連れ去り、汽車を乗り継いでこの町にやってきた。
」
ぼくは、そんなロマンチックなストーリーを信じている。
まさに胸がきゅんとする大正ロマンだ。
おじーちゃんは若いころすごく働き者だった。
私鉄の電鉄会社で整備の職工さんからはじまり、仕事ぶりが認められ最後は偉いさんのちょっと手前までになったらしい。
おばーちゃんとおじーちゃんには4人の息子と2人の娘がいた。
おとんは一番末っ子の4男だった。
そうやっておばーちゃんとおじーちゃんは6人の子供を育て、小さいながらも家を建てた。
おばーちゃんのお店は、昭和7年生まれだった。
今では大雨の日は雨漏りがするし、冬は隙間風がびゅーびゅーと入ってストーブ無しでは過ごせないくらい寒く、快適とは程遠い空間ではあったが、僕たち家族の悲しい事やつらい出来事を全部飲み込んでくれた。
僕たち家族にとってそんな建物だった。
ローンの本契約が終わった日の夕飯、おとんはお店建て替えの基本プランをみんなに発表した。
「新しい店は2階建てで、1階は店と居間や」
「2階にみんなの部屋を作ったる。
一人一部屋や」と言った。
みんな目をらんらんにしておとんの基本プランに聞き入っていた。
ぼくは「部屋にじゅうたん敷いてほしいねん」と言った。
おとんは「よっしゃ、買うたろ!」と力強く言った。
2階のベランダに花を植える花壇のスペースを作ってほしいとおかんが言った。
おとんは「お前がそんなマメなことする訳ないやんけー、花がかわいそうや・・。
」と却下した。
おかんはほぺったを膨らまして、すねたふりをした。
それを見てみんな大笑いだった。
とても幸せな夕飯もそろそろお開きになった時、
おばーちゃんが「そんな、ええ事ばっかり考えてたら、ええ加減バチ当たんで・・・」と言った。
おとんもおかんもその一言にどきっとしたけれど、聞こえないふりをしていた。
翌週のことだった。
良子がお腹をひどく痛めて、救急車で運ばれ緊急手術を受けた。
急性の腹膜炎だった。
ぼくも、配達中に自転車と自転車が正面衝突をして、足首を7針縫う怪我をした。
おとんは、その週にスピード違反で2回つかまった。
金田家は不幸の連続だった。
おばーちゃんのいった「バチ」が当たったのだ。
ある日の夕飯でおかんが「死んだおじーちゃんが怒ってはんねんわ」
「お店の建て替えはやめといたほうがえんちゃう」とつぶやいた。
みんな箸を止めてかたまった。
家族全員こころに引っかかる物をもったまま、それでも建て替えの計画は進んでいった。
おとんは知り合いの辻岡運送に頼み、10坪ほどの倉庫を借りた。
そこに、一時的な事務所を作り在庫も一緒に置いて、建て替え工事中も文房具屋ができるように準備をした。
お店を取り壊す前の日、辻岡運送の作業員と一緒に荷物を運び出す作業した。
最後に仏壇を仏間から運びだした時、本当に信じ難い話だけれども・・・。
真っ白いへびが仏壇の裏からにょろと出てきた。
おかんもおとんもぼくも、腰を抜かした。
「やっぱり、おじーちゃんが怒ってはる!!」とおかんが叫んでおとんとぼくは青ざめた。
おばーちゃんは笑いながら
「これは幸運の白ヘビや」と腰を抜かしているぼくらに向かって言った。
おばーちゃんだけが知っていた。
その白ヘビはやっぱり、おじーちゃんだった思う・・。
半年後、お店は新しくなったけれど、それから20年以上、新しいお店もまた、前と変わらず僕たち家族の悲しい事や辛い事の全てを、やっぱり飲み込んでくれた。
おばーちゃんの言ったとおり、あの日の白ヘビは幸運の白ヘビだった。