第20章 真珠とおしるこ(後編)
旅館に着くと、すぐに大広間での夕食が始まった。
小学校の修学旅行にしてはそれなりに豪華な食事で小ぶりの伊勢エビが一人に一尾ついて、ジュースがお代わり自由だった。
松下くんと話をしながら食事をしていると前の席のクラスで一番勉強ができる谷本さんが伊勢エビの角で、手を突いて血を出した。
「誰かバンドエードもってへん?」と隣の南条さんが言ったので、ぼくはバンドエードを谷本さんに差し出した。
おかんはポケットテッシュの袋にバンドエードを入れる癖があって、今朝もそれをぼくに持たせてくれたのだ。
「ヒューヒュー」と周りから冷やかしの声がして、ぼくは恥ずかしさのあまり顔が熱くなって、ごまかすために「おばちゃん、ジュースお代わりください!!」と叫んだ。
夕食の後は、男女が分かれ大浴場にクラス単位で入り、布団がぎっしり敷きつめられた部屋で就寝になった。
やがて真っ暗な闇の中に枕が飛び交い始め、恒例の枕投げ大会が始まった。
右に左に飛び交う枕がしばらくすると一箇所に集中し始めた。
クラスで一番意地悪で偉そうな城木くんが寝ているであろう方向を皆が狙うようになった。
たまらず城木くんが立ち上がり「おればっかり狙うなや」と叫んで、みんなクスクスっと笑った。
その後、学校では泣いたことのない城木くんが布団にもぐりこんで、しくしく泣き出したので、枕投げ大会はお開きとなった。
翌朝は旅の主目的であるお伊勢さん参りだった。
お伊勢さんの敷地内に入ると、小学生でも感じるくらいの神聖で透き通った空気が流れていた。
半日、結構真面目にお伊勢さん参りをして、昼食に伊勢うどんを食べた後、ぼくたちは帰りの途についた。
帰りの特急では半分くらいの生徒が眠むっていて、かろうじて目を開けている生徒たちもぐったりとしていて、車内は静かで平和だった。
学校に帰ると体育館に集合して、あらかじめ申し込んでおいた赤福餅を受け取り解散となった。
別のクラスの磯村くんはおとーちゃんが市会議員だったので、赤福餅を箱単位で申し込んでいて、市会議員おっちゃんが黒塗りの車で迎えに来ていた。
家に帰るとおかんが「家にあがったら面倒くさなるから、その足でお土産渡してき!!」と言った。
ぼくは旅行カバンだけ置いて中川のおばちゃんのところや、かまぼこ屋や何件かの商店街の知り合いに赤福餅を持っていった。
お土産の赤福を持っていく先々ではもうすでに、何個かの赤福が仏壇に供えてあった。
それでも、みんな「いや・・赤福はおばーちゃんの大好物やねん。
おおきにね」とか「週末に親戚がぎょうさん来るから何個あっても嬉しいわ」とか、一様に喜んでくれた。
一通りお土産を配り終えて、家に戻ったらおかんが「あんたへんなお土産とかこうてきてへんやろな!!」といきなり言ったので、ぼくはむっとして「何もこうてきてへんわ!!」と言った。
疲れていたせいもあって、ぼくは夕飯のときもずっと不機嫌だった。
「修学旅行どやった?」というみんなからの質問にも「まぁまぁやった」とそっけなく答えて、すぐに自分の部屋に上がって、買ってきたペンダントヘッドを机の引き出しにしまい込んだ。
風呂に入って湯船につかるとなぜか涙がこぼれてきた。
真珠のペンダントヘッドはしばらく、ぼくの机の引き出しに眠っていたのだけれど、結局どうしたのかは覚えていない・・。
修学旅行が終わって、数日がたったある日
学校に行くと朝から松下くんがへこんでいたので、事情を聞いた。
大量の赤福をもてあました松下くんのおばちゃんが朝ごはんに赤福を出したので、おっちゃんが怒り出し、朝から大喧嘩になったらしい・・・。
結局、松下くんのおじーちゃんが、赤福餅を茶碗に入れて、お湯を注ぐとおしるこになるという発見がきっかけで、その大喧嘩は数日で収まったらしいけれど・・。
今でも、いくつになっても、お土産を選ぶときはあらやこれやと悩んでしまう・・。
「お土産は旅の思い出のお裾分け」そんな程度が一番いいんだろう・・。