第29章 違う理由

第29章 違う理由

梅雨のど真ん中、6月の終わりに、正志にーちゃんが、突然うちのお店をやめる事になった。

正志にーちゃんのおとんが病気になって、実家に帰ることになったのだ。
正志にーちゃんがその事を告げた日から
おとんも、おばーちゃんも、おかんも必死で説得を試みた。
「学費は毎月の給料からの天引きと出世払いで立替たるから、学校だけは卒業しろ。
お前の人生これから長いねんからなんとかがんばれ」とおとんが言って、「もう半分以上、大学に通てんからもったいないわ。
なんとかなれへんの?」とおかんがいった。
正志にーちゃんは「おやっさん、奥さん、ありがとうございます。
ほんま気持ちだけでありがたいですわ」といって目に涙をためながら「すいません・・すいません」と何度も何度も呟いていた。
それから、2週間ほど正志にーちゃんは、贔屓にしてもらったお得意さんの所におとんと一緒に挨拶まわりをした。
正志にーちゃんは、もうほとんど家族同然で、ぼくにとってはちょっと年の離れたおにーちゃんだった。

おとんが出来ないキャッチボールもやれてうれしかったし、何より気まじめで得意先からものすごく信用されていて・・辛抱強くて・・、黒縁メガネで背が低く、見てくれはけしてかっこよくなかったけれど、ぼくにとってはものすごくかっこいいおにーちゃんだった。
正志にーちゃんがいなくなる事はものすごく受け入れがたいことだったけれど、
当時、反抗期の入り口に立っていた僕は、感情的な表現を思い切り押し殺して・・。
「正志にーちゃんにも事情があるねんから」と少しうろたえるおかんに説教的なものをしたりもした。
正志にーちゃん、文房具屋としての最後日、最後の配達から帰って来てぼくたちはささやかな送別会をやった。

本当にささやかな送別会で、おかんがバラ寿司と関東だき(関西ではおでんを「関東だき」という)を作ってみんなで食べて、いろんな話をした。
普段はあまり喋らない正志にーちゃんがその日はいつになく、いろんな話を自分からした。

「ある日、加藤物産に配達に行くと事務所に一人だった川崎専務が社長の席に座って満足そうに新聞を読んでいて、配達に入ってきた正志にーちゃんと目が合って、ものすごくバツが悪かった」とか、
「今まで黙っていたけれど、タケダ精機の駐車場の花壇をアクセルとブレーキを間違えてバックでなぎ倒し、そのまま逃げて帰ってきた」とか、正志にーちゃんが文房具屋デビューして2年半、小さな町の小さなな文房具屋とただ生真面目な夜学生・・・
それでも、それなりにいろんなことあったのだ・・とその日初めて知った。
次の日、正志にーちゃんはおとんの同級生の辻岡運送から2tトラックを借りて、家財道具を積み込み、下宿を引き払った・・。
正志にーちゃんが去ってから、おかんが教習所に通いはじめた・・。
おとんは、ぼくが文房具屋を嫌らいになったことに気づいているようで・・それでも、配達の手が足りない現実があって。

「アキ、欲しがってたギア付スポーツタイプの自転車こうたるさかい、おかーちゃんが車乗れるようになるまで、配達手伝うてくれ」と言った。
久しぶりの配達は前と違い、正直、怖かった・・。

得意先の玄関先で躊躇して、、
前は自然に出た「まいど」という言葉が出てこない。

ぼくは得意先にいる時間を極力短くしようと、商品をすぐに渡してすぐに事務所を出るように心がけた。
苦痛だった。
3ヶ月かかってようやく、おかんが免許取って・・
それから半月もしないうちに、正志にーちゃんのマツダファミリアは、前も後ろもボコボコになったけれど・・。

ようやく苦痛な配達から開放されてほっとした。
夏休みに入りぼくは部活の陸上に没頭した。
8月の終わり・・大阪市内にある中学校との練習試合の帰り道・・。
その町の駅前商店街、、酒屋の前で正志にーちゃんを見てしまった。
正志にーちゃんは黒色の「アサヒビール」とロゴが入ったエプロンを腰にまいて、店頭でビールケースを軽トラックに積み上げていた。
ぼくは一瞬固まって、それでも必死に気づかれないよう、その場からダッシュで逃げた。

帰りの電車の中は何。

いくら考えてもよくわからなかった。
正志にーちゃんのおとんが病気だということも、実家に帰るという話も、、
それは、うそだった・・。
なんか事情があったことだけは間違いないのだろう。
あまりにも家族ぐるみだった、うちのお店で働くことがしんどくなったのか・・?
ただ・・お給料が少なかったのか・・?
華やかな大阪市内からあまり離れていない、、けれど平凡で垢抜けしない小さな町がいやになったのか・・?
よかれと思った優しさが、実はプレッシャーだったのか・・?
それとも、、もっと違うことなのか・・?それから10年くらいたって、、おばーちゃんのお葬式の日、正志にーちゃんと再開した。

その時は聞けなかったけれど・・もし、また、会う日があれば、きっと聞くべきなんだと思う。
うちのお店をやめたのは、きっと違う理由だったんだと思うから・・。

第30章 祭りの後に・・(前編)

第30章 祭りの後に・・(前編)

中学1年の夏が来て、僕の身長は160cmを超えて、おかんを見下ろすようになった。

小さいころ、あんなに大きく見えたおとんも、さほどでもなくなり、おばーちゃんに至っては、ものすごく小さく見えてきた頃。
ぼくが住む町の町内会では、中学に上がると青年団の下位組織、少年団に入団する。

青年団といえば、消防訓練や町内の大掃除、年末は夜警など、あまりぐっとくるような活動はないのだけれど、、、夏祭りだけは違った。
むしろ夏祭りのために、その他の献身的な活動をやっている的なところが、本当のところだったのだ。
ぼくの町は、高層ビルが立ち並ぶような都心でもないし、自然がいっぱいで空気がおいしいくて、新鮮な魚がうまいといった所でもない、きわめて中途半端な町ではあったが、唯一の自慢がだんじり祭りだった。
大阪府岸和田市のだんじり祭りがあまりにも有名で、その影に隠れた祭りではあったが、ぼくの町のだんじり祭りも、かなりの伝統があり、近隣の町からもギャラリーがたくさんやってくるほどだ。
町には大戸町、大戸町東、隅市町、崎原町、4つの地区があり、それぞれのだんじりをもっていた。
大戸町と崎原町には本物のだんじりがあって、隅市町は布団だんじりで、僕の住む大戸町東は、かなりしょぼいだんじりだった。
大戸町と崎原町の本物のだんじりは、小さな家くらいの大きさがあり、それぞれの部品全部にかっこいい彫り物が施され、近くに行くと身震いするような迫力がある。
隅市町の布団だんじりは、家の2階くらいの高さがあって、天井には真っ赤な布団のやぐらがあって、それはそれでものすごく、ぐっとくる美しさがあった。
ぼくの町内のだんじはというと、組み立て式でコマの上に木製のやぐらを組んだ簡易式のものだった。
小さい頃から、この町のだんじりにはコンプレックスはあり、大戸町か崎原町に生まれればよかったと何度も思ったが、それでも、ひとつだけいいことがあったのだ。
他の地区では祭りの主役は青年団の若手、つまり高校生や大学生くらいの年齢で、ぼくの住む地区では、だんじがあまりにもしょぼいので、そのくらいの年齢になると、みんな祭りに参加しなくる。

したがって、少年隊(中学生)がだんじりに乗り込みたいこや鐘を叩く、主役だったのだ。
祭りの前週の土曜日、各地区の青年団団長と副団長、理事という面々で町の公民館の会合室に集り、だんじりの運行時間やコースなどを話合う。

その会合には梶田警察の警ら部長も出席して、この町には似つかない、たいそうな会合だった。
運行時間やコースなんてここ何年も変わっていないので、わざわざ会合を開く必要もなのだけれども、なんとなく夏祭り前の儀式みたいなもので・・。
僕と、中3で二つ年上の正樹くん、青年団団長、米屋の越智のおっちゃん、3人で会合室に入ると、他の3地区のメンバーが既にパイプ椅子に深く腰掛けていて、、梶警の警ら部長が警察の制服独特のにおいをさせてタバコをふかし・・。
僕たち以外は、みんな割腹のある大人で迫力満点の面々だった。
越智のおっちゃんは米屋という力仕事の割に、縁なしメガネのやさ男で、青年団団長なんておおよそ似つかないタイプおっちゃんで、、青年団団長いえばたいがいは、町の名誉職なのだけれども、僕の住む地区に限っては、ほとんどの家が商売をしているため、団長役は敬遠すべきお役だったのだ。
お人よしの越智のおっちゃんは半ばというか、ほとんど押し付けられた感じで、青年団団長に任命され、ここ数年代わり手もなく仕方なしに・・という感じだ。

会合室の扉を開けた瞬間、、勝負は決していた・・。
子供2人にやさ男・・まさに、へびに睨まれた蛙で、僕たち3人は背中を丸め、ちじこまったまま、椅子に座り固まっていた。
大戸町団長、焼肉屋の安さんが、ふ・ふ・と鼻で笑って、「ほな初めよか・・」と言い会合がはじまった。
「8時からの最後の取り回しは、去年通り隅市町、大戸町、大戸町東、崎原町の順番で異議はないわな?」安さんが言った。
越智のおっちゃんが「おう」と、精一杯威勢を張ったが、、その声は明らかに震えていて、やっさんがまた、「ふ・ふ・」と鼻で笑い、会合が終了した。
会合室を出ると、ぼくは背中にびっしょりと汗をかいて、おしりの付近までぐっしょりとなり、、今まで味わったことのない緊張を肌で感じたのだ・・。
翌週、祭りの火蓋が切って落とされた・・。
学校から走って帰って帰り、さらしとはっぴ、足袋に着替え、、だんじりに向かった。

だんじりのしょぼさに比べ、格好はそれなりにまあまあだ・・。
ぼくの地区は少年隊11名で、太鼓と鐘を代わる代わるにまわす。
昼間はだんじりと言ってもおとなしいもので、子ども会の小学生達が綱で引っ張りゆったりと町内をまわる。

第31章 祭りの後に・・(後編)

第31章 祭りの後に・・(後編)

さあ、8時からが、本当の祭りだ・・。
綱が取り払われ・・大人たちが全力でだんじりの後ろのテコに肩を入れてアップビートなる太鼓と鐘にあわせ何回も回転させる。
トップバッターの隅市町、布団だんじりが、だんじりの待機所、駅前駐輪所からメインの駅前ローターリに出ていった。

布団だんじりはくるくると華麗に何回転もして、真っ赤な天井の布団やぐらの上で染物屋の高次くんが宙に舞っていた。
だんじりがかっこよく急ブレーキで止まった瞬間、駅前ローターリーを埋め尽くしたギャラリーから割れんばかりの拍手が起こった。
2番手、大戸町のだんじりがロータリーに向かって出発した。

大戸町の太鼓は重い音で、鐘は心臓がズッキンズッキンするようなかん高い、なんとも言えない興奮のハーモニーをかもし出す・・。
小さな家くらいのだんじりは見事に6回移転し、、木製のコマが地面にこすれて摩擦で焦げ臭いにおいが立ち込める。

「うぉ~」とギャラリーたちから歓声が上がり・・もう興奮の渦の中だった。
さあ、、ぼくたちの番だ・・。
3番手、、この役割には意味がある・・。
おおとりの崎原町だんじりつなぐ役目がある。

祭りは山と谷、、谷の部分がぼくらのだんじりの意味だ。
小さい太鼓と高くも低くもない鐘の音、、
毎年、、最後の取りまわしのクライマックスを盛り上げる、引き立て役でちょうどよかったのだ。
何をおもったのか?越智のおっちゃんが、「いくぞ!!」と気合を入れた。

おっちゃんの目はいつもの優しい目から、鬼の形相になって・・こんな越智のおっちゃんは見たことがないくらい気合が入っていた。
会合の屈辱・・を取り戻したい、僕もそう思った。
太鼓に正樹くんが入り、僕は鐘の前に乗り込んだ。
いざ出発!!だんじりはロータリーに向かって進みだした、、その瞬間、
道脇で見ていた朝日屋食堂のキヨちゃんが、「あき君、天井に乗って踊ったり!!」と叫んだ。
越智のおっちゃんが「スットップ!!」と叫んで笛を吹いた。
「修司と武、太鼓と鐘変われ!アキと正樹天井乗ったれ!!」と言ったのだ。
僕の地区のだんじりは、天井で踊れる仕様ではなかったのだけれども・・興奮は最高潮!!ぼくは武に鐘のバチを渡し、、正樹くんと天井よじ登った。
おかんが「あほなことやめとき!!天井抜けるで!」と叫んで、見ていたおばちゃんも口々に「危ないからやめとき!!」と叫んでいた・・。
「うるさい!!いってまえ!」と越智のおっちゃんがいつになく男前に言って、、修司くんが太鼓を叩き始めた。

頭が真っ白になって、だんじりがロータリーに向かった。
ロータリーのど真ん中にだんじりが止まり、正樹くんとぼくは隅市町のまねをして、天井の上でぴょんぴょん跳ねた。
ロータリーは爆笑に包まれた。
チビだんじりに、中学生の屋根踊りは、それなり面白かったのだろう・・。
僕たちは絶好調で調子に乗った・・。
声は聞こえなかったのだけれども、正樹くんの口が「いもきんトリオ」と動いたのだ。
僕たちは目くばせして、太鼓のリズムにあわせて、流行っていた、いもきんトリオの「ハイスクールララバイ」をだんじりの天井で踊ってみた・・。
ロータリーはさっきの5倍くらいの笑いで包まれた・・。

もう、何がなんだかわからないほど、興奮していて、、とにかく気持ちがいい・・。
おおとりの崎原町が取り回しを終えて、、祭りの終わりに4地区の青年団が、ギャラリーのさったゴミだれけのロータリーに集合した。
安さんが、「今年の一番は大戸町東やったな・・」越智のおっちゃんに手を差し伸べた。

安さんに握手された越智のおっちゃんは、いつものメガネやさ男に戻っていたけれど・・・。
それはそれで・・
祭りの後に・・ものすごく・・かっこよかった。